夏休み特別企画

SPICEで管球プッシュプルのロードラインを引く


私は、シミュレータとして、いつもはLinux上のSpice3f5を使っています。理由は、フリーで入手できるのと、回路規模に制限がないことなどですが、プログラミングに慣れていない方にとっては、インストールを含めてどうも敷居が高いようです。

世の中は、今夏休みの真っ盛りです。そこで、夏休みの自由研究程度の気軽さでトライできて、そこそこ役に立つSPICEの応用例を考えてみました。

使用するSPICEは、CircuitMaker V6.0 student versionです。これは、書籍の付録やダウンロード(無料)で簡単に手に入りますし、真空管のモデルもいくつか入っています。ダウンロードとインストールを含めて5分程度で済んでしまいますから、ぜひトライしてみてください。

使用する真空管

パワー管は6L6GCしかありませんので、これを使います。ビーム管接続の特性は ? なので、三極管接続にして使います。

プレート特性を描く

まず手始めに、プレート特性を描いてみましょう。

グリッドとプレートに電圧源をつなぎます。それぞれ Vg, Vp です。プレート電流を読み取るには、出力が0Vの電圧源をつなぎます。ここでは、Vip がそれです。 データはこちら

プレート特性測定回路

これでシミュレーションの回路ができましたので、次に、シミュレーションの条件を設定します。

プレート特性図は、DC解析(カーブトレーサ)を使って描きます。電圧をスイープさせる第一の電源として、プレート電圧 Vp を選択します。これがグラフの横軸になります。スイープさせる範囲は、10V間隔で0Vから500Vとしてみましょう。スイープさせる第二の電源として、グリッド電圧 Vg を選択し、範囲を5V刻みで-50Vから0Vとします。

DC解析のパラメータ設定

シミュレーションを走らせて、プローブを Vip の I (電流)と表示されるところでクリックすると、プレート特性図が描かれます。

プレート特性図

グラフの表示範囲を変更するには、マウスの左ボタンで拡大したい範囲をドラッグします。または、軸の設定をマニュアルにして画面上の矢印ボタンを押して、必要な範囲を出させます。

プッシュプルのプレート特性を描く

プッシュプルの合成プレート特性を描くには、2本の真空管を用意し、プエート供給電圧 Vbb のところで点対称となるように2枚のプレート特性図を貼り合わせます。これをシミュレータでやってみましょう。

プレート供給電圧を Vbb = 300V とすると、一方のプレート電圧が Vp1= 400V のとき、もう一方は Vp2 = 200V となります。 Vp1 と Vp2 の間には、Vp2 = Vbb * 2 - Vp1 という関係があります。

またグリッドバイアスを Vg0 = -25V とすると、一方のグリッド電圧が Vg1 = -15V となったら、他方は Vg2 = -35V となります。 Vg1 と Vg2 の間には、 Vg2 = Vg0 * 2 - Vg1 という関係があります。

これをシミュレータで実現するには、次のような回路を構成します。データは こちら

プッシュプルの合成プレート特性測定回路

V3 は通常のプレート特性を描くための回路で使われています。

電圧制御電圧源 VcVs3 で、V3 のプレート電圧を検出して、-1倍し、それに Vbb の2倍の600V (Vbbx2)を加えて V4 のプレート電圧としています。同様に、電圧制御電圧源 VcVs2 で、V3 のグリッド電圧を検出して、-1倍し、それに Vg0 の2倍の-50V (Vcx2)を加えて V4 のグリッド電圧としています。

Vip3, Vip4 は各球のプレート電流を検出する電圧源です。合成プレート電流を検出するために、2つの電流制御電圧源 IcVs4, IcVs3 を使います。各球のプレート電流を検出し、電圧に変換した上で直列に接続していますから、合成プレート電流が電圧となって R1 の両端に現われます。

先程の一本のプレート特性図の場合と同様に、DC解析の条件を設定します。今度は、Vp の範囲を 0V から 600V にします。

シミュレータを走らせて、プローブを Vip3, Vip4, R1 の上側に当てます。複数の値を観測する場合、2番目以降のプローブは、シフトを押しながらクリックします。

プッシュプルの合成プレート特性

直流でも動作するトランス?

はて、これは困りました。プレート特性図の上にロードラインを引くには、どうしてもDC解析を使う必要があります。しかし、直流解析では、トランスはもちろん電源と直結となってしまい、負荷として動作してくれません。したがって、直流でもトランスと同じように動作する負荷を、なんとか作ってやらねばなりません。

いろいろ考えた結果、どうやら次の図のような回路でよいのではないかと思います。

直流でもトランスと同様に動作する負荷の回路

上側の端子を P1、下側の端子を P2 とします。また、電源端子を B とします。

B-P1 間の電圧降下と、B から P1 に流れる電流と P2 から B に流れる電流を足したものとは比例関係にあり、このインピーダンスは Zpp/4 となります(詳しくは、 こちらをご覧ください)。

各巻線の電流を測るデバイスが IcVs1 と IcVs2 で、それを Zpp/4 倍した電圧降下が B-P1 に起きるようにしています。ここでは Zpp = 3.6k としたので、電流制御電圧源の係数は 3600/4 = 900 となっています。電流制御電圧源を直列にしているので、両巻線の電流の和(方向に注意)に比例した電圧降下が生じます。

B-P1 間に電圧降下が生じると、B-P2ではそれと等しい電圧だけ上昇します。それを担うのが VcVs1 です。配線を簡単にするため、係数を -1 にして、電圧が降下する接続にしてあります。

プッシュプルの動作点では、両巻線に流れる電流が(絶対値で)等しいので、この回路で電圧降下は生じません。シングルの場合は、そうではないので、このような回路ではうまくいきません。供給電圧を上げて、抵抗負荷にしたほうが簡単でしょう。

ロードラインの描き方

プレート特性図の横軸はプレート電圧で、スイープされるのはプレート電圧です。ところが、プッシュプル出力段の入力はグリッド電圧で、プレート電圧は結果的に定まるわけで、プレート電圧を直接スイープできません。

そこで、プレート特性図を描くために使っている V3 のプレート電圧と、プッシュプル出力段の V1 のプレート電圧が一致するよう V1 のグリッド電圧を制御します。

回路は下図のようになります。 データはこちら

ロードラインを描く回路

グリッド電圧のフィードバックを行なっているのが理想オペアンプ U1 です。U1 で V3 のプレート電圧と V1 のプレート電圧を比較し、一致するようなグリッド電圧を作り出しています。V1 で位相が反転するため、U1 の入力端子の極性は通常の負帰還の場合とは逆になります。

電圧制御電圧源 VcVs4 により位相を反転し V2 のグリッド電圧としています。

各球のプレート電流は Vip1, Vip2 で計測し、合成プレート電流は IcVs5, IcVs6 で電圧に変換され R2 の両端に現われます。

プッシュプルのロードライン

ロードラインは、実際には11回重ね書きされています。2番目のスイープ電圧は、プッシュプル出力段の動作に影響しないからです。

トランス負荷との比較

ここで使用した負荷が確かにトランスと同じ働きをしているかどうか、確認してみましょう。回路は以下のようになります。データは こちら

トランス負荷との比較回路図

トランスのパラメータは、1次インダクタンス80H (片側20H)、2次インダクタンス0.17777H、結合係数0.99999としました。2次に8Ωを接続すると、1次インピーダンスが3.6kΩになります。

過度解析でプレート電流の波形を見てみましょう。

プレート電流の波形

完全に一致しています。

周波数特性を見てみましょう。AC解析を使います。

周波数特性

黄色がトランス負荷の周波数特性です。周波数が低くなるにつれて出力が低下していきます。高域でレベルが上昇していますが、リーケージインダクタンスと電極間容量が共振しているようです。

緑色は仮想トランス負荷の特性で、ほとんどフラットです。超高域では、電極間容量によりほんのわずか高域が下がっています。当然のことながら、低域は直流までフラットです。

いかがでしたでしょうか?
みなさんも、ぜひトライしてみてください。


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