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詳しくは,[2, pp. 187]等を参照してください.
ここでは,管球アンプ用の出力トランスに即して述べていきます.
特に2次巻線の抵抗は 1 Ω 以下なので,
できればブリッジを使って測定すべきですが,
簡易的には中級クラス以上のデジタルマルチメータを使えば,
2桁程度の精度で測定できます.
テストリードの抵抗キャンセル機能が付いている場合は,
それを利用すると簡単に測定できます.
巻線は銅でできており,温度によって抵抗が変わります.
巻線抵抗が大きく影響するのは,定損失と漏洩インダクタンスの測定時です.
定損失のほうは,実際にアンプとして動作させると,巻線の温度が上昇して,
室温で測定した結果よりは損失が大きくなります.
漏洩インダクタンスの測定時には温度上昇はありませんので,
巻線抵抗の測定は室温で行なえばよいと思います.
2次側を開放して1次側に交流信号を加え,2次側の電圧を測定します.
1次側の電圧を e1, 2次側の電圧を e2 とすれば,巻数比 n は,
n =
|
(5.22) |
で求められます.
電流がほとんど流れないので,
交流信号の周波数は適当で構わないと思います.
DMMを使う場合は,測定器の精度を考えると 400Hz 程度がよいと思います.
この3つは,2次側を開放して1次側に交流信号を加え,
1次側のインピーダンスの周波数特性を測定して,その結果から算出します.
図5.9のように発振器と抵抗 Rs をトランスに接続し,
周波数を変えながら,
抵抗の両端の電圧 eR と,トランスの1次側の電圧 eP を測定します.
インピーダンス Z は,
で求めます.
周波数の可変範囲は,50Hz
300kHz 程度でよいでしょう.
図 5.9:
1次インダクタンス,浮遊容量,鉄損の測定回路(左)とその等価回路(右)
 |
等価回路から,
低域では,Cs1, C's2 は開放,Ll1, L'l2 は短絡とみなせるため,
インピーダンスは,1次インダクタンスと1次巻線抵抗から構成されます.
したがって,
Z =
|
(5.24) |
これより,
LP = =
|
(5.25) |
により1次インダクタンスを求めることができます.
ただし,トランスのカタログなどに記載されている1次インダクタンスは,
50Hz,
5 Vrms で測定されている場合が多く,
また,1次インダクタンスは信号の大きさによりかなり変動するので,
このようにして求めた1次インダクタンスはカタログに記載されている値と
必ずしも一致しないことに注意してください.
周波数を上げていくと,LP と
Cs = Cs1 + C's2 による並列共振が起こります.
この時のインピーダンスは,
となります.共振周波数は,
f = 1/2
です.
さらに周波数を上げていくと,Cs のインピーダンスが下がってきて,
Z =
|
(5.27) |
とみなせるようになります.
ここでは,巻線抵抗,漏洩インダクタンス,鉄損を無視しています.
これより,
Cs =
|
(5.28) |
で,総浮遊容量を求めることができます.
さらに周波数を上げていくと,漏洩インダクタンスと C's2 による直列共振が起こり,インピーダンスが急激に下がります.
この時の共振周波数は
f = 1/2
となりますから,
C's2 =
|
(5.29) |
により2次巻線の浮遊容量を求めることができます.
Ll は,次の節で求めたものを使います.
その直後,Cs1 と C's2 の直列合成容量と漏洩インダクタンスによる並列共振が起こり,インピーダンスが急激に上昇します.
その後は,
-6 dB/oct でインピーダンスが下がっていきます.
漏洩インダクタンスは,2次側を短絡して1次側に交流信号を加え,
1次側のインピーダンスの周波数特性を測定して,その結果から算出します.
図5.10のように発振器と抵抗をトランスに接続し,
周波数を変えながら,
抵抗の両端の電圧 eR と,トランスの1次側の電圧 eP を測定します.
周波数の可変範囲は,10kHz
100kHz 程度でよいでしょう.
図 5.10:
漏洩インダクタンスの測定回路(左)とその等価回路(右)
 |
等価回路を見るとわかるように,
漏洩インダクタンス Ll と浮遊容量 Cs1 で並列共振回路を形成しており,
共振周波数でインピーダンスがかなり大きくなります.
共振周波数以下では漏洩インダクタンスが支配的になり,
共振周波数以上では浮遊容量が支配的になり,
インピーダンスのカーブはするどい山を描きます.
共振周波数からある程度離れると,傾きが
6 dB/oct になります.
インピーダンスカーブの山の左側で,
傾きが
6 dB/oct になっている適当な周波数のインピーダンスを読み取り,
それを Z とすれば,
Z =
|
(5.30) |
より,
Ll = =
|
(5.31) |
で求めることができます.
周波数をある程度高くとれば(Z が高いところを読み取る),
r を無視しても構いませんが,
すぐに共振周波数になってしまうため,r の補正はおそらく必要となるでしょう.
プッシュプル用の場合,発振器は B-P1 間につなぎ,
漏洩インダクタンスを測定する際には,
2次を短絡したインピーダンスと,
B-P2 間を短絡したインピーダンスを別々に測定します.
5.3.5 パラメータの測定例(シングル用)
ここでは,三栄無線KT-88SSMAの出力トランスを測定した例を紹介します.
DMMで測定した結果,1次巻線の抵抗は
r1 = 146.8 Ω,
2次巻線の抵抗は
r2 = 0.66 Ω でした.
2次巻線を開放して,400 Hz の正弦波を加えたところ,
1次側の電圧は
e1 = 1.317 V,
2次側の電圧は
e2 = 78.8 mV でした.
これより,巻数比 n は,
n = = = 16.7132
|
(5.32) |
となります.
これより,2次巻線抵抗を1次に換算すると,
r'2 = n2r2 = 16.71322 x 0.66 = 184.3585 [Ω]
|
(5.33) |
となります.
1次換算の総巻線抵抗 r は,
r = r1 + r'2 = 146.8 + 184.3585 = 331.1585 [Ω]
|
(5.34) |
となります.
電力効率は,
で,-0.6 dB です.
インピーダンスの測定結果を図5.11に示します.
赤い線が2次を開放して測定したインピーダンス,
青い線が2次を短絡して測定したインピーダンスです.
低域の傾きが 6dB になっておらず,
周波数(あるいはレベル)によって1次インダクタンスが変動しています.
2次を開放した 50Hz のインピーダンスは
Zo = 3809 Ω でした.
これより,1次インダクタンスは,
LP = = = 12.12 [H]
|
(5.36) |
となります.
図 5.11:
シングル用出力トランスのインピーダンス特性例
|
2次を開放した 40kHz のインピーダンスは
Zo = 9861 Ω でした.
これより,総浮遊容量は,
Cs = = = 403.5 [pF]
|
(5.37) |
となります.
2次を開放したインピーダンスが最も高くなったのは,
3.25kHz の時で
Zo = 291 kΩ でした.
巻線抵抗と比べると非常に大きいので,これをそのまま鉄損としてよいでしょう.
2次を短絡した 20kHz のインピーダンスは
Zs = 1295.3 Ω でした.
これより,漏洩インダクタンスは,
Ll = = = 9.965 [mH]
|
(5.38) |
となります.
したがって,結合係数は,次節の式(5.51)より,
K = = = 0.99959
|
(5.39) |
となります.
2次を開放したインピーダンスのカーブには,ディップは見られませんでした.
仮に,500kHz のところにディップがあったとすると,
1次側,2次側の浮遊容量は,
C's2 |
= |
= = 10.168 [pF] |
(5.40) |
Cs2 |
= |
n2C's2 = 16.71322 . 10.168 x 10-12 = 2840 [pF] |
(5.41) |
Cs1 |
= |
Cs - C's2 = 403.5 - 10.168 = 393.3 [pF] |
(5.42) |
となります.
5.3.6 パラメータの測定例(プッシュプル用)
ここでは,タムラ製作所F-2021を測定した例を紹介します.
DMMで測定した結果,1次巻線の抵抗は
r11 = 64.7 Ω,
r12 = 73.5 Ω,
2次巻線の抵抗は
r2 = 0.25 Ω でした.
2次巻線を開放して,1kHz の正弦波を加えたところ,
1次側の電圧は
e11 = 3.81 V,
e12 = 3.80 V,
2次側の電圧は
e2 = 0.3127 mV でした.
これより,巻数比 n は,
n = = = 12.1842
|
(5.43) |
となります.
これより,2次巻線抵抗を1次に換算すると,
r'2 = n2r2 = 12.18422 x 0.25 = 37.11 [Ω]
|
(5.44) |
となります.
インピーダンスの測定結果を図5.12に示します.
赤い線が2次を開放して測定したインピーダンス,
青い線が2次を短絡して測定したインピーダンス,
緑の線が B-P2 を短絡して測定したインピーダンスです.
2次を開放した 50Hz のインピーダンスは
Zo = 9715 Ω でした.
これより,1次インダクタンスは,
LP = = = 30.92 [H]
|
(5.45) |
となります.
図 5.12:
プッシュプル用出力トランスのインピーダンス特性例
|
2次を開放した 10kHz のインピーダンスは
Zo = 7067 Ω でした.
これより,総浮遊容量は,
Cs = = = 2252 [pF]
|
(5.46) |
となります.
この総浮遊容量は,各1次巻線の浮遊容量と,
2次巻線の浮遊容量を1次に換算したものの総和です.
2次を開放したインピーダンスが最も高くなったのは,
1.35kHz の時で
Zo = 79.2 kΩ でした.
巻線抵抗と比べると非常に大きいので,これをそのまま鉄損としてよいでしょう.
これは,1次の各巻線の鉄損を並列にした値です.
2次を短絡した 40kHz のインピーダンスは
Zs = 456.5 Ω でした.
これより,1次-2次間の漏洩インダクタンスは,
Llps = = = 1.771 [mH]
|
(5.47) |
となります.
したがって,結合係数は,次節の式(5.51)より,
Kps = = = 0.9999714
|
(5.48) |
となります.
B-P2 間を短絡した 40kHz のインピーダンスは
Zs = 945.2 Ω でした.
これより,1次巻線間の漏洩インダクタンスは,
Llpp = = = 3.720 [mH]
|
(5.49) |
となります.
したがって,結合係数は,
Kpp = = = 0.999940
|
(5.50) |
となります.
2次を開放したインピーダンスのカーブで,95.8kHz のところに大きなディップがありますが,
これは1次巻線間の漏洩インダクタンスと B-P2 間の浮遊容量が直列共振しているためで,
2次の浮遊容量によるものではありません.
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Ayumi Nakabayashi
平成19年6月28日