全回路図を,図17に示します.
基本的に,原回路を忠実に踏襲しました. 何点か相違点があります.
電源トランスは,適切な市販品がないので, 春日無線変圧器に特注しました. 出力トランスは,ケース入りの割にリーズナブルな価格の, TANGO FE-25-5を使いました.
真空管は,オリジナル通り,6SN7-GT, 5Y3-GT以外はメタル管を使いました. 特に,6J5はメタル管を使用したほうがノイズが小さくなると思われます. 出力管は,6F6の高周波用選別品である1613を使いました.
抵抗は,オリジナルのW数ですと定格をオーバーするものがあります. 適宜2〜3Wのものに変更しているものがあります.
シャーシは,浅野 勇氏の作例にならって開孔しました. ただし,深さが40mmのものが見あたらなかったので, 50mmのものにしました. サイズは400mm x 250mmです. ウォルナットの無垢板をオイル仕上げにして,サイドウッドとしています.
入出力特性,歪率特性を,図23に示します. 2V入力時の歪率は,3%強となります. ゲインは,11.7倍でした.
周波数特性を,図24に示します.
入出力特性,歪率特性を,図25に示します. 同一入力電圧において,初段のみの場合より歪率が高くなっているので, 二段目のほうで大きな歪みが生じていることがわかります. 二段目までのゲインは,87.4倍でしたので, 二段目のゲインは, 87.4/(11.7/2) = 14.9 倍となります.
周波数特性を,図26に示します. バランスコントロールのところでインピーダンスが高くなり, シールド線の容量によって高域が下がっています.
入出力特性,歪率特性を,図27に示します. プレート側の歪率が高いのは,ヒーターバイアスを加えているからです. 出力段が必要とする約25Vの出力は,結構ぎりぎりで, 歪率は1%強になっています. 位相反転段までのゲインは,76.5倍でした. 位相反転段のゲインは, 76.5/87.4 = 0.88 倍となります.
周波数特性を,図28に示します. 両相の特性が,よく揃っています.
消費電力は240VAです.
入出力特性を,図29に示します.
出力対歪率特性を,図30に示します. 80kHzのローパスフィルタを使用しています. 最大出力は両チャネルとも8Wで, 左チャネルの歪率は1.1%,右チャネルの歪率は1.4%程度と, 無帰還アンプとしては優秀です. また歪みの増え方も素直で,周波数によって歪率が大きく異なることはありません.
周波数特性を,図31に示します. 8W時の特性も調べましたが, 1W時とほとんど変わりませんでした. -3 dB の帯域幅は, 25 Hz〜 40 kHz となりました. 高域は,オリジナルよりもかなり伸びました. 左右の高域の特性の違いは, バランスコントロールに接続したシールド線の長さの違いによるものと思われます. この特性は,位相反転段までのものとほぼ同じですので, 出力段は,これより広帯域になっているようです.
クロストーク特性を,図32に示します. 5kHzまでは,残留雑音のレベルを保っています. バランスコントロールを付けてあり, その部分のインピーダンスが比較的高いので,高域で悪化するのはやむを得ません. 低域では,まったく漏れていません.
出力インピーダンス特性を,図33に示します. 出力インピーダンスは,1kHzで 5.3 Ω, ダンピングファクタは,1.5です.
残留雑音は,以下の通りです.
チャネル | A補正なし(600kHz) | A補正あり |
L | 0.83mV | 0.11mV |
R | 1.45mV | 0.11mV |
実は,当初,55V程度のヒーターバイアスを掛けていたのですが, そうすると,1W程度の出力の時に,位相反転段のプレート側だけに, 50Hzの変調が掛かってしまいました. 使用した6SN7-GTは,SOVTEK製です.
初段の6J5を差し替えてみたところ,残留雑音が減りました. 下記の値は,最良ではないが,雑音が少ないものを用いた場合です. (上記のデータの場合と6SN7を左右入れ替えたので, 雑音の大きさが逆転しています.)
チャネル | A補正なし(600kHz) | A補正あり |
L | 1.15mV | 0.08mV |
R | 0.76mV | 0.06mV |
チョークを使わないと,残留雑音が大幅に増えます.
チャネル | A補正なし(600kHz) | A補正あり |
L | 4.8mV | 0.59mV |
R | 2.15mV | 0.23mV |
6F6のプレート電流をある程度揃えると, チョークなしの残留雑音が減ります.
チャネル | A補正なし(600kHz) | A補正あり |
L | 2.6mV | 0.3mV |
R | 2.4mV | 0.25mV |
B電源にリプルを加えて, 各部にどのような影響があるか,シミュレーションします. 回路は,図37です.
V2により正弦波を加え,AC解析により各部に現れる交流成分の大きさを求めます. 結果は,図38のようになります.R17とC11によるフィルタによって,100Hzのリプルは1/100になります. R18とC12を経た後には,さらに1/100になるので, U2aによる増幅が10倍程度あっても,初段のハムは無視できることになります. U2bのプレートとカソードで数dBの差があり,これが出力に現れます. 出力に現れる100Hzの成分は, -66.4 dB = 0.00048 で, リプルの実効値が3.73Vのとき,出力のハムは1.8mVとなります. 出力段が完全にバランスしていても,これだけのハムが現れます.
図39は, 整流回路を含めてシミュレートしたものです.
チョークを使用しない場合(L1とR22をショートする)の結果は, 図40のようになります.
B電源のリプルは,約 16 Vp-p であり, 実機よりも大きくなっています. 実際の電灯線の波形は上下が潰れているため, 整流管の導通角が広くなるため, また平滑コンデンサの容量が公称値よりも大きいためのようです. 出力に現れるハムの実効値は,2.5mV程度となります.チョークを使用した場合の結果は, 図41のようになります.
B電源のリプルは,約 0.15 Vp-p となり, 出力に現れるハムの実効値は,0.026mV程度となります.これらの結果から,出力段が完全にバランスしているなら, 1H程度のチョークを使うか, R17を分割してもう一段コンデンサを入れれば, 前段に由来するハムを十分(0.5mV以下)に減らすことができます.
是枝重治氏の作例[5]で, 「6F6を選別すると,残留雑音が0.8mVになった」とありますが, 本当にチョークなしで残留雑音が0.8mVになったとしたら, 前段のハムを打ち消すよう,出力段のバランスが崩れているか, 雑音測定の際にA補正がかけられているのでしょう.
位相反転段のプレート側の負荷抵抗R13の値を変えて, 2W, 7W出力時の歪率の変化を調べた結果を,図43に示します.
シミュレーションでは, 33 kΩ 近辺で歪率が最低になりましたが, 実機では 35 kΩ 近辺で歪率が最低となり, 原回路定数の場合の半分以下の歪みになります.Electro Harmonics 2本, Sovtek 2本, TEN, 東芝の6種類の6SN7について, 7W時の歪率が最小になるようにR13を調節し, 出力対歪率特性をとったものが,図44です.
それぞれのR13の値は,以下のとおりです.真空管 | R13 (Ω) |
Electro Harmonics 1 | 34.27k |
Electro Harmonics 2 | 34.10k |
Sovtek 1 | 33.70k |
Sovtek 2 | 34.75k |
TEN | 35.43k |
東芝 | 35.91k |
このようにして出力を7Wに保ったときに最も歪みの小さくなる バランスの位置を探ると,機械的に約28%の位置でした. この時の出力対歪率特性を,図45に示します. 6W出力時の歪率は0.43%で, 原論文に近い値となっています.
(バランスによる歪み打ち消しの場合のみ400Hzのローカットフィルタを 使用しています.)入出力特性は図46のようになり, 電気的にはオリジナルの31%にバランスを絞ったときに歪みが最小になります. すなわち,V1の出力を15.5%にして2段目に渡したときに歪みが最小となります.