この節では,2A3を使ったシングル出力段の設計方法を検討します. 2A3のプレート特性図を,図2.10に示します.
まず,RCAが発表している動作例を見てみます. RCAのデータシートによれば,
Ep0 | 250V |
Ip0 | 60mA |
Eg0 | - 45V |
RL | 2500 Ω |
出力トランスの巻線抵抗は低いので, プレートには電源電圧がほぼそのまま掛かります. 必要な電源電圧 Ebb は,出力トランスの一次巻線抵抗を r1 とすれば,
Ebb = Ep0 + Ip0r1 | (2.30) |
出力トランスの二次側に規定の負荷抵抗を接続すると, 一次側のインピーダンスはトランスの定格一次インピーダンスになり, これを RL とします. ロードラインは,動作点O (Ep0, Ip0) を通り, 傾きが -1/RL の直線になります.
プレート特性図から,得られる最大出力を求めます. A1 級の場合, グリッド電圧が Eg = 0 になるまで入力を加えることができるので, 入力電圧の尖頭値は - Eg0 となります. 入力に正のピークが加わったとき,動作点はAになり, このときのプレート電流は Ip max = 118.6 mA となります. 一方,入力の負のピークが加わったとき, Eg = 2Eg0 となり,動作点はBになり, プレート電流は Ip min = 12.8 mA となります.
式(2.22)より,最大出力は,
Po | = | ||
= | = 3.50 [W] |
動作点を一定として,負荷インピーダンスを変化させたとき, 出力や歪率はどうなるでしょうか? 図2.11では,負荷インピーダンスを標準動作例の 1/2 と2倍にした場合のロードラインを描いています.
負荷インピーダンスを高くすると, ロードラインは A' OB' となり, 入力の負のサイクルでプレート電流が0にならず, 無駄な電流が流れるようになります.
一方,負荷インピーダンスを低くしていくと, ロードラインは A'' OB'' となり, クリップする前にカットオフが生じ, グリッド電圧を Eg = 0 までスイングすることができなくなります. したがって,出力も減ってしまいます. RL = 1.25 kΩ の場合,40.18 V までしか入力を加えられません.
2A3の Ep0 = 250 V の動作例の場合, Eg = 2Eg0 = - 87.0 V でプレート電流が Ip min = 1 mA となるのは, 負荷インピーダンスが 1483 Ω の時で, ロードラインは緑色の線になります. これ以上負荷インピーダンスが低いと, Eg = 0 でクリップするよりも前にカットオフが生じてしまいます.
プレート電圧とプレート電圧を一定にして, 負荷インピーダンスを変化させた場合に 取り出しうる最大出力やその時の歪率をグラフにしたものが, 図2.12です.
実線は負荷インピーダンスを低くしたときにカットオフが生じないように入力を制限した場合で, 点線はカットオフが生じても一定の入力を加えた場合です.
負荷インピーダンスを低くすると歪率が大きくなります. 無帰還の場合は,クリップとカットオフが同時に生じる RL = 1483 Ω の場合にもっとも出力が大きくなりますが,歪率が約9.8%となり, 三極管のシングルとしては相当歪率が高くなってしまいます. RCAの動作例は,歪率が5%程度になるように設定したようです. あるいは,第3次高調波が最も小さくなるような負荷を選んだのかもしれません.
負帰還をかけた場合は,出力が正しい波形になるよう, 出力段への入力は負側が伸びた波形になります. その場合,出力電流の波形は Ip0 を中心に上下対称となるので, Eg = 0 の特性曲線と 2Ip0 で交わるようにロードラインを引けば, もっとも効率的です. このようにして引いたロードラインは,図2.11の茶色の線になります. このように負荷インピーダンスを定めたときの最大出力は,
となります.
式(2.31)より, 同じプレート電圧なら,プレート電流を大きくするほど最大出力が大きくなります. したがって,最大の出力を取り出すには, 動作点をプレート損失いっぱいに置く必要があります.
電源電圧を変化させ, 動作点を最大プレート損失に設定し, Eg = 0 とロードラインが 2Ip0 で交わるように負荷を設定した場合の 最大出力と歪率を図2.13に示します.
このように,電源電圧を高くしたほうが,出力が大きくなり歪率が下がります. しかし,バイアスも深くなり,ドライブ電圧が大きくなってしまいます. 2A3の場合,プレート電圧の最大定格が 300V ですので, 定格いっぱいで使えば,4.3Wの出力が得られます. このときの歪率は,4.7%程度です.
動作点は最大プレート損失を超えて設定してはいけませんが, ロードラインと最大プレート損失の曲線は交わっても構いません. 真空管の最大プレート損失の定格は, 信号の1サイクル平均の値で規定されています. 図2.10では,RCAの動作例において入力のプラス側で ロードラインと最大プレート損失定格のカーブが交わっていますが, 問題ありません. 1サイクルのプレート損失のようすは,図2.14のようになり, 最大出力時のプレート損失は, Pd = 11.74 W であることがわかります. これは,最大出力時のプレート入力から出力電力を引いたものになります.
Pdsig = IpsigEpsig - Po = 0.0627 . 243.2 - 3.51 = 11.74 [W] | (2.32) |
一般のオーディオ用出力管は, グリッド電圧が負の範囲で十分な出力が得られるように, 内部抵抗を低くし,Eg = 0 の曲線の傾きが急になるようにしてあります. 一方,801, 211などの送信管は,増幅率 が大きく,内部抵抗が高いため, グリッド電圧を負の範囲でスイングしても十分な出力が得られません. このような真空管に対しては,グリッド電圧がプラスになるようドライブして A2 級としてやると大きな出力を取り出せます.
ここでは,文献[8]の801A並列シングル・ステレオ・アンプの試作を例とします. 単管あたりの動作点は,
Ep0 | 600V |
Ip0 | 30mA |
Eg0 | - 53V |
RL | 14 kΩ |
A1 級の場合を図2.15に示します. このときの出力は 3.21W で,歪率は2.22%です. Ip min = 9.6 mA となっており,カットオフにはまだまだ余裕があります.
グリッド電圧を約 25V になるまで入力を加えたときのようすを図2.16に示します. 出力は 7.06W で,歪率は3.68%です. それほど歪が増えずに出力を2倍以上取り出せます.
A2 級の各部の電圧,電流を図2.17に示します. グリッド電流の尖頭値は 3.55mA,平均値は 0.51mA 程度です. 前段は,グリッド電流の尖頭値を流せないと歪みが生じます.
A2 級シングルの場合,グリッド電圧をどれだけプラス側に振れるかによって, 最適な動作点が変わってきます. また,プレート電圧が低い部分を有効に使えるため, 最適な負荷は A1 級よりも高くなるのが普通です. 一方,A2 級プッシュプルの場合は, 最適な負荷は A1 級プッシュプルと同じか,低く設定されることもあります.
ayumi