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4.2 プッシュプルの動作階級

シングル出力段では,周期の中でプレート電流がカットオフすると, 歪が生じてしまうので,プレート電流が常時流れるA級動作しか用いられません. プッシュプルの場合は,一方の真空管のプレート電流がカットオフしても, もう一方の真空管が動作状態にあるため,大きな歪が生じません. そのため,周期の半分未満でカットオフが生じるAB級や, 周期の半分でカットオフが生じるB級の動作も用いることができます.

図 4.7: 動作階級とプレート電流波形
\begin{figure}\input{figs/operation_class}
\end{figure}
周期の半分以上でカットオフが生じるC級動作は, 出力にタンク回路がある無線用途では使用できますが, オーディオ用途では激しい歪が生じるため,使用できません.

4.2.1 A級プッシュプル

ここでは例として,2A3の規格表にある シングルの動作点のままプッシュプルを構成した場合を検討します. RCAのマニュアルによれば,動作条件は以下のとおりです.
プレート電圧 250 V
グリッド電圧 -45 V
無信号時プレート電流 60 mA
負荷抵抗 2500 Ω
出力 3.5 W
グリッド電圧が -45 V となっていますが, これはフィラメントをAC点火した場合のもので, 使用している特性図はDC点火のものですから, 換算すると Eg0 = - 43.5 V となります 4.2. ここで使っている真空管のモデルでは, Ep = 250 V , Eg = - 43.5 V とすると,Ip 60 mA を超えますので, ここでは Eg = - 44 V としています. 合成プレート特性図とロードラインを図4.8に示します. 各球の特性曲線(赤色の線)は Eg = 0 から 10 V 間隔で引いてありますが, 合成特性曲線(緑色の線)は Eg0 = - 44 V から 10 V 間隔で引いてあります.
図 4.8: 2A3 A1 級プッシュプルの動作
\includegraphics{figs/2A3Aload.ps}

シングルの場合のロードラインは,線分EFです. シングルの最大出力は,

Po = $\displaystyle {\frac{{(E_{p\max}-E_{p\min})(I_{p\max}-I_{p\min})}}{{8}}}$ = $\displaystyle {\frac{{(367.7-102.2)(0.1166-0.0104)}}{{8}}}$ = 3.52 [W] (4.38)
となり,マニュアルの動作例(3.5W)とほぼ一致します. 離散化した信号による最大出力は,3.54Wでした.

プッシュプルの場合の最大出力は, トランスのP-P間に現れる電圧の実効値が

(Ebb - Ep min) x 2 x $\displaystyle {\frac{{1}}{{\sqrt{2}}}}$ = (250 - 111.9) x 2 x $\displaystyle {\frac{{1}}{{\sqrt{2}}}}$ = 195.3 [V] (4.39)
であるから,

Po = $\displaystyle {\frac{{195.3^2}}{{5000}}}$ = 7.63 [W] (4.40)
となり,シングルの2倍強の出力が得られています. 離散化した信号による最大出力は,7.48Wでした. 波形が伸びるため,波高値で計算した電力よりも出力が減ってしまいます.

シングルとプッシュプルの出力電圧を比べてみると, プレート電圧の最小値がシングルとプッシュプルでほとんど違わないのに対し, プレート電圧の最大値はプッシュプルのほうが高くなっています. このため,2倍以上の出力が得られますが, シングルでも負帰還をかければ出力波形が対称に近くなるので, 差は小さくなります.

シングルの動作点のままプッシュプルを構成すると, 一方の球が Eg = 0 となるまで振っても, もう一方の球はカットオフしません. この例の場合,点Cが示すように 23.5 mA 流れています. 合成プレート電流はこの分だけ差し引かれてしまい, その分出力が減ってしまいます.

シングルとプッシュプルでは,ロードラインの形状が異なり, シングルと比べてプッシュプルのほうがカットオフしにくくなります. したがって,同じ負荷インピーダンスでバイアスを深くしても, ほぼ同一出力を保ったまま,無信号時のプレート損失を減らすことができます. 図4.9に, Eg0 = - 46 V とした場合の 合成プレート特性図とロードラインを示します.

図: 2A3 A1 級プッシュプルの動作( Eg0 = - 46 V )
\includegraphics{figs/2A3Aload2.ps}
この場合,点Cの電流は 15.1 mA に減っています. 無信号時のプレート損失は,14.4 W から 12.1 W に減ります. 最大出力は7.98Wです. 離散化した信号による最大出力は,7.81Wでした.

また,同じ動作点のままで,負荷インピーダンスを下げて, よりカットオフに近付けることもできます. 図4.10に, Zpp = 3 kΩ とした場合の 合成プレート特性図とロードラインを示します.

図: 2A3 A1 級プッシュプルの動作( Zpp = 3 kΩ )
\includegraphics{figs/2A3Aload3.ps}
最大出力は9.47Wです. 離散化した信号による最大出力は,9.26Wでした.

4.2.2 AB級,B級の場合

AB級,B級では,一方の真空管がカットオフするようにバイアスを深くします. ここでは例として,2A3の規格表にある固定バイアスのAB級の動作を検討します.

RCAのマニュアルによれば,動作条件は以下のとおりです.

プレート電圧 300 V
グリッド電圧 -62 V
無信号時プレート電流(1球あたり) 40 mA
負荷抵抗(プレート-プレート間) 3000 Ω
歪率 2.5%
出力 15 W
グリッド電圧が -62 V となっていますが, これはフィラメントをAC点火した場合のもので, 使用している特性図はDC点火のものですから, 換算すると Eg0 = - 60.5 V となります 4.3. 負荷抵抗が下がったことにより,カットオフが生じ,AB級になります. 合成プレート特性図とロードラインを図4.11に示します.
図 4.11: 2A3 AB1 級プッシュプルの動作
\includegraphics{figs/2A3ABload.ps}

フルスイング時(Eg1 = 0 )には,一方の真空管はカットオフしていますので, 合成プレート電流の最大値は Ip max = Ip1 = 203.7 mA になります. この点は,通常の1本分のプレート特性図の Eg = 0 の曲線と, 合成ロードラインの交点であり, 合成特性曲線を求める必要がありません. すなわち,AB級,B級の場合,最大出力を求めるだけであれば, 合成特性曲線は不要です. しかし,歪率等の解析をするには,合成特性曲線を求め, 伝達特性を正確に求める必要があります. AB級の伝達特性を図4.12に示します.

図 4.12: 2A3 AB1 級プッシュプルの伝達特性
\includegraphics{figs/2A3ABtrans.ps}

また,動作点Aにおける各球の負荷インピーダンスは,やはり公称インピーダンスの半分になっています.

最大出力は, トランスのP-P間に現れる電圧の実効値が

(Ebb - Ep min) x 2 x $\displaystyle {\frac{{1}}{{\sqrt{2}}}}$ = (300 - 147.2) x 2 x $\displaystyle {\frac{{1}}{{\sqrt{2}}}}$ = 216.1 [V] (4.41)
であるから,

Po = $\displaystyle {\frac{{216.1^2}}{{3000}}}$ = 15.6 [W] (4.42)
となり, ほぼ動作例の出力が得られていることがわかります. 離散化した信号による最大出力は,15.0Wでした.

このときのプレート電圧,プレート電流,プレート損失の波形は, 図4.13のようになります.

図: 2A3 AB級プッシュプルのプレート電圧,プレート電流,プレート損失の波形
\includegraphics{figs/tripp_Pd.ps}

ayumi
2016-03-07