このように,標準プッシュプルにおいては, 出力トランスの一次巻線を流れる電流が加算されて 二次側に伝えられるという意味では, 磁気的に並列接続されていますが, 一般に一次巻線間の結合はそれほど高くはありません. 一次巻線内の電圧の分布はあらゆる場所で異なっているため, 巻線を近づけると分布容量が大きくなってしまうので, 2つの一次巻線を物理的に近づけるのは得策でなく, もっぱら磁気的な結合にたよることになるからです.
SEPPの基本的な回路を図5.2に示します. 図では,負荷に接続されている二次巻線を省略しています.
V2側の回路は,図5.1のV2とまったく同じ回路となっています. V1側の回路は,電源と負荷(トランス)が入れ替わっていますが, 入力がグリッドとカソードの間に加えられているため, V1はカソードフォロワとして動作しておらず, V2と同様な動作をします. このとき,電源を基準とすると, V1のカソードの電圧波形はB1の上に示したような波形になり, P2の波形と同じになります. P1とB2は電源に接続されていますから,信号による電圧波形は生じません. このことから,B1とP2,P1とB2を点線のように接続することができ, 出力トランスを使わずに,直接負荷を接続することができます. 標準プッシュプル回路では,出力がP1-P2間に平衡で生じるのに対し, この回路では,負荷の一端が電源に接続(接地)され,不平衡に生じるため, シングル・エンデッド・プッシュプルと名付けられました.
図5.2では,同じ電圧の電源を直列にして供給するため, 標準プッシュプルの2倍の電圧の電源が必要となります. 高電圧を必要としない,図5.3のような回路も同時に発表されています.
この場合, 出力トランスの一次巻線間はコンデンサ Co によって並列に接続されるので, 結合係数を高くする必要はありません. 出力トランスをチョーク・コイルで置き換えれば, V1のカソードまたはV2のプレートからコンデンサを経由して 直接負荷に接続することができ, OTL (Output Transformer Less)とすることもできますが, OTLにはチョーク・コイルを必要としない直列給電型がもっぱら使われます.いずれの回路の場合でも,V1のカソードには出力電圧が生じているため, V1のグリッドを対グラウンドに対して励振しようとすると, V2側の励振電圧よりもずっと大きな電圧が必要となるため, 励振段に特別な配慮(いわゆる打ち消し回路)が必要となります. これについては,第5.4節で検討します.
多極管を使う場合は,スクリーン電圧の供給方法に気をつけなければなりません. スクリーングリッドは,交流的にはカソードと同じ電位でなければなりません. V1のカソードは,出力になっているので, V1のスクリーン電圧も,出力に応じて変化しなければなりません.
図5.4 (a)のように, プレートからチョークを介してスクリーングリッドに給電し, スクリーングリッドからカソードにバイパスコンデンサを入れることにより, スクリーン-カソード間の電圧を一定に保つことができます. 図5.4 (b)のように,結合チョークを使えば, 直流スクリーン電流が打ち消し合うため, 直流磁化が起こらないので,ギャップをなくした小型のチョークで間に合います.直列給電以外の並列合成プッシュプルでは, V1とV2の各電極の直流電圧は等しいレベルなので, スクリーングリッドを反対の真空管のプレートに接続すれば, 交流的に自分のカソードと接続したことになります. したがって,多極管を使った並列給電SEPPの回路は, 図5.5のようになります.
この場合,P2巻線の方にだけスクリーングリッド電流が流れるので, 一次巻線を流れる電流がアンバランスとなりますが, それほど大きな問題にならないようです. 気になる場合は,V1のスクリーンには,独立したチョークを経由して給電します.
ここでは,理解しやすいSEPP回路を先に紹介しましたが, 最初に並列合成プッシュプル回路を考案したのは, McIntoshとGow[2]で,1949年のことです.
負荷をプレートとカソードの両側で駆動することにより, 出力トランスの中点を中心として, 電圧の波形が対称になります. こうすることにより,V1の巻線(P1-B1-G1-K1)とV2の巻線(K2-G2-B2-P2)は, あらゆる場所で常に一定の電圧差(電源電圧と同じ)となります. 巻線の被覆で絶縁を確保できるのであれば, 2つの巻線を揃えて巻く(バイファイラ巻)ことにより, 一次巻線間の結合係数はほぼ1となります. バイファイラ巻により磁気的な結合も高くなりますが, それに加えて巻線間の浮遊容量によっても結合が高くなるからです.
マッキントッシュ回路は,グラウンドに対してV1, V2が対称となっているため, SEPPとは異なり,V1, V2を同じ振幅で駆動することができます. ただし,グラウンドを基準とすると, プレート-カソード間の出力の半分がカソードに帰還されるため, 半カソードフォロワとなり, 非常に大きな駆動電圧が必要となります.
この回路は,マッキントッシュ回路のカソード側の巻線を省く代わりにチョークを入れ, V1のプレートとV2のカソード,V2のプレートとV1のカソードをコンデンサ Cs で 接続したものです. 原回路では出力トランスはなく, センタータップ付きのボイス・コイルが接続されており, 自己バイアス用の抵抗をチョークの代わりに使っています.
チョークの代わりに抵抗を使うと,交流出力電力が抵抗で消費されてしまいますが, 島田氏の原回路では, 自己バイアス用の抵抗値が ボイス・コイルのインピーダンスと比べてある程度高いことから, チョークを使用しなかったようです. この2つのチョークには独立したものを用いても良いのですが, 中点タップ付きのチョークを使えば, 直流電流が打ち消され合うので,直流磁化を考える必要がなく, ギャップなしの小型のチョークで間に合います.
図5.7ではプレート側に負荷を接続していますが, プレート側にチョークを使い,カソード側に負荷を接続しても, 動作はまったく変わりません. 島田氏の記事では,プレート側にもカソード側にもチョークを使い, プレート-プレート間,またはカソード-カソード間から ハイ・インピーダンスの出力を得る例についても言及されています.
この回路は,CSPPのチョークとシャントコンデンサ Cs の働き, すわわちプレートまたはカソードを電源から交流的に分離し, V1のプレートとV2のカソードを直流的に一定の電圧に保つという働きを, 独立した2つの電源に置き換えたものと考えることができます. 図5.8では中点タップつきの出力トランスを使用していますが, K1およびK2から等しい値の抵抗でグラウンドに接続し, K1-K2間からOPTを経由せずに出力を取り出すOTL回路としても使用されます.
この回路は最も単純ではありますが, フローティングの電源を2組用意しなければならない点が欠点となります.
これらの並列合成プッシュプル回路の違いを,下表にまとめました.
回路形式 | 並列合成の手段 | 電源 | ドライブ |
マッキントッシュ | バイファイラ巻 | 単電源 | 対称 |
SEPP (直列給電) | 直接 | 単電源(2倍) | 非対称 |
SEPP (並列給電) | コンデンサ | 単電源 | 非対称 |
CSPP | コンデンサ | 単電源 | 対称 |
Circlotron | 直接 | 2電源 | 対称 |
ayumi