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5 位相補償の実際

スタガ比を大きくするには,

  1. p1 を低くする(狭帯域化)
  2. p1 を低くし,p2 を高くする(ラグリード補償)
  3. p2 を高くする(微分型位相補償)
の3通りの方法が考えられます.
図 6: 位相補償の方法
\begin{figure}\input{figs/pcmethod}
\end{figure}

狭帯域化およびラグリード補償は,第一ポール p1 を生じている箇所で行います. 微分型補償は,負帰還回路($ \beta$ 回路)で行うため, 一般に p1 とも p2 とも干渉せずに定数を決めることができます. 狭帯域化と同様な周波数特性を得るために,p1 以外の箇所で補償をすることもでき,ステップ補償と呼ばれます.

狭帯域化およびラグリード補償では, p1 を構成している定数をよく知る必要があります. 図7に,QUAD IIタイプの位相反転段と出力段の段間の等価回路を示します.

図 7: p1 の等価回路
\begin{figure}\input{figs/p1equiv}
\end{figure}
ここで,Co は位相反転段の出力容量,Cs はミラー効果を含めた出力段の入力容量,また,
rp $\displaystyle \approx$ 3000 kΩ  
Rp = 150 kΩ  
Rg = 470 kΩ  

で,

R1 = 2rp//2Rp//2Rg = 219 kΩ (5)
となります. 第一ポールが 20 kHz にあるので,C1 を求めると,

p1 = $\displaystyle {\frac{{1}}{{2\pi C_1 R_1}}}$ (6)
より,

C1 = $\displaystyle {\frac{{1}}{{2\pi p_1 R_1}}}$ = $\displaystyle {\frac{{1}}{{2\cdot 3.14 \cdot 20\times 10^3 \cdot 219\times10^3}}}$ = 36 [pF] (7)
となります.

5.1 狭帯域化による補償

$ \alpha$ = 20 とするためには,移動後の第一ポール p1' を,

p1' = $\displaystyle {\frac{{p_2}}{{\alpha}}}$ = $\displaystyle {\frac{{100\times 10^3}}{{20}}}$ = 5 [kHz] (8)
にする必要があります. これは元の p1 の 1/4 ですから, C1 にその3倍のコンデンサを付加して, 容量の合計を C1 の4倍にすれば目的を達することができます. したがって,補償のための容量 C2 は,

C2 = (4 - 1)C1 = 3 . 36 = 108 [pF] (9)
となり,これを出力管のグリッド間(または位相反転段のプレート間)に付け加えます.

インピーダンスが低く,補償容量が大きくなる場合は, 出力段のプレート-グリッド間にコンデンサをつければ, ミラー効果により増幅度の分大きなコンデンサの働きをしますから, 小さな容量で同等な効果を得ることができます.

5.2 ラグリード補償

第一ポール p1 がある部分の特性を,図8の左上から右上のように変更できれば,全体の特性を右下のようにすることができ, 必要なスタガ比を得ることができます. すなわち,もともとあったポール p1p1' に移動し, p2 にゼロを作り,p2' に新たにポールを作ります.

図 8: ラグリード補償
\begin{figure}\input{figs/laglead}
\end{figure}

このような特性を得るには,図9のように, 抵抗とコンデンサを直列にしたものを,第一ポールを生じている部分に入れます.

図 9: ラグリード補償の回路
\begin{figure}\input{figs/lagleadequiv}
\end{figure}

p1p1' へと低くする比率と, p2p2' へと高くする比率は等しく, これを $ \gamma$ とします. つまり,

$\displaystyle {\frac{{p_1}}{{p_1'}}}$ = $\displaystyle {\frac{{p_2'}}{{p_2}}}$ = $\displaystyle \gamma$ (10)
です.

さて,希望のスタガ比を $ \alpha$ とすると,

$\displaystyle \alpha$ = $\displaystyle {\frac{{p_2'}}{{p_1'}}}$ = $\displaystyle {\frac{{\gamma p_2}}{{p_1/\gamma}}}$ = $\displaystyle \gamma^{2}_{}$$\displaystyle {\frac{{p_2}}{{p_1}}}$ (11)
より,

$\displaystyle \gamma$ = $\displaystyle \sqrt{{\frac{\alpha p_1}{p_2}}}$ (12)
となります. この例の場合は,

$\displaystyle \gamma$ = $\displaystyle \sqrt{{\frac{20 \cdot 20\times10^3}{100\times 20^3}}}$ = 2 (13)
となります.

具体的な定数の求め方ですが, 導出方法は理論編でやることにして, ここでは結果だけを書いておきます. ポールの単位は周波数ではなく,角周波数( $ \omega$ = 2$ \pi$f)を使います.

R2 = $\displaystyle {\frac{{\gamma^2 R_1}}{{(\alpha - \gamma)(\gamma - 1)}}}$ (14)
C2 = $\displaystyle {\frac{{1}}{{p_2 R_2}}}$ (15)

この例の場合は,
R2 = $\displaystyle {\frac{{2^2 \cdot 219\times 10^3}}{{(20 - 2)(2 - 1)}}}$ = 48.7 [kΩ] (16)
C2 = $\displaystyle {\frac{{1}}{{2 \cdot 3.14 \cdot 100\times 10^3 \cdot 48.7\times 10^3}}}$ = 32.7 [pF] (17)

となります.

簡単に定数の目安をつけるには,次のようにします. p1' は,C1C2 の並列合成値と R1 によって概ね決まります. 今回の場合,p1' を p1 の半分にしたいので, C2 としては C1 と同じ値を使えばよいことがわかります.

p2' は,R2C2 によって決まります. 今回の場合,これが p2 の2倍となるように,R2 の値を決めます.

負帰還量 F を変えたときの, R2, C2 の値の変化を図10に示します. 丸が付いているところは,例として取り上げた $ \alpha$ = 20 の場合です(T = 10, F = 11).

図 10: ラグリード補償の帰還量と定数
\includegraphics{figs/lagleadcr.ps}

5.3 微分型補償

微分型補償は,図11のように, 帰還抵抗 Rf に補償用のコンデンサ Cf を並列に接続し, 第二のポール p2 をさらに高域に移動させるものです.

図 11: 微分型補償
\begin{figure}\input{figs/diff}
\end{figure}

この帰還回路($ \beta$ 回路)には,ゼロ zf とポール pf があり, その位置は,

zf = $\displaystyle {\frac{{1}}{{C_f R_f}}}$ (18)
pf = $\displaystyle {\frac{{1}}{{C_f (R_f // R_s)}}}$ (19)

となります. 帰還回路の中域のゲインは Rs/(Rs + Rf) で, zf からゲインが上昇し, pf でゲインが1となり,それ以上の周波数では全帰還となります. 単に zfp2 に合わせればよいように思われますが, 帰還後の特性を正確に追っていく必要があります.

こちらも,導出は理論編に譲り,結論だけ書きます.

$\displaystyle \omega_{0}^{}$ = $\displaystyle \sqrt{{(1 + T) p_1 p_2}}$        (負帰還後のカットオフ角周波数) (20)
zf = $\displaystyle {\frac{{T p_1 p_2}}{{2\zeta \omega_0 - (p_1 + p_2)}}}$        (作成するゼロの角周波数) (21)
Cf = $\displaystyle {\frac{{1}}{{z_f R_f}}}$ (22)

負帰還を 20 dB かけることにすると, F = 10, T = 9 で, バタワース特性にするには $ \zeta$ = 0.707 で, ポールの配置は, p1 = 2$ \pi$ . 20 x 103 = 125700, p2 = 2$ \pi$ . 100 x 103 = 628300 ですから, Rf = 470 Ω とすれば,

$\displaystyle \omega_{0}^{}$ = $\displaystyle \sqrt{{10\cdot 125700 \cdot 628300}}$ = 888700 [rad /s] = 141 [kHz]  
zf = $\displaystyle {\frac{{9 \cdot 125700 \cdot 628300}}{{2\cdot 0.707 \cdot 888700 - (125700 + 628300)}}}$ = 1.41 [Mrad /s] = 225 [kHz]  
Cf = $\displaystyle {\frac{{1}}{{1.41\times10^6 \cdot 470}}}$ = 1505 [pF]  

となります.

位相補償前のボーデ線図と,位相補償後のボーデ線図を, 図12に示します.

図 12: 微分型位相補償(左:補償前,右:補償後)
\includegraphics{figs/diffpc.ps}

補償前のゲイン交点周波数(ループゲインが1 (0 dB)となる周波数)は, 115.9 kHz で, その時の位相は -129.4o であり, 位相余裕は 180 - 129.4 = 50.6o となります. このとき,閉ループのゲイン(緑色)の周波数特性にはピークが生じています.

これに微分型の位相補償を行うと,図の右側のようになります. $ \beta$ 回路の周波数特性は,図の青線のように zf から上昇し, 最終的にはゲインが1となります. $ \beta$ 回路の位相は, 10 kHz あたりから進みはじめ, 600 kHz あたりで進みが最大となり, 再び0に戻っていきます. この位相の進みにより,ループ全体の位相の遅れが 100 kHz から 1 MHz あたりで止まり,位相余裕が確保されます. ゲイン交点周波数は, 126.3 kHz で, その時の位相は -107.4o であり, 位相余裕は 180 - 107.4 = 72.6o となります. 閉ループのゲインの周波数特性はフラットになっています.

負帰還量 F を変えたときの, Rf, Cf の値の変化を図13に示します. Rs = 68 Ω としています.

図 13: 微分型補償の帰還量と定数
\includegraphics{figs/diffcr.ps}


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Ayumi Nakabayashi
平成17年6月16日